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2008-07-04 (Fri)

父さんをよろしく。

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今年1月4日、実家の愛猫タンゴが逝った。
19歳。大往生である。

父の腕の中で長い時間、悶え苦しんだ。
突然、ぎょろりと目を見開き、かぶりをふった。
それが、最期であった。何かを探しているようだったという。

タンゴはその目に何を焼き付けたかったのだろう。





タンゴは、私が知り合いからもらった猫だ。
兄弟揃って連れられてきたので、2匹とも引き取った。
黒猫のタンゴと、きじトラのスヌーピー。

おっさんと結婚し、社宅暮らしになった私は
あたりまえのように、彼らを実家において出た。
2匹は実家の猫となった。

数年前、
実家の両親は、住み慣れた横浜をはなれ、
互いの生まれ故郷である山梨 に、
終の棲家 を もとめ、おちついた。

山梨に戻るまで、小田原で仮ずまいをしたのだが、
このときは、いろんな意味で右往左往した。
突然の環境の変化に、
ちょっとのあいだ 猫も、父も、 おかしくなった。
スヌーピーは、1年ものあいだ、1日の大半を押入で過ごしていた。




おととしの夏、
父が、庭仕事の最中に蜂に刺された。
翌日になっても体のしびれがおさまらず救急車で運ばれる。
かるい脳梗塞であった。


それからの、両親の暮らしぶりは
互いへのいたわりと思いやりにみちていた。
いつでも、どこでも、ふたり一緒。

私の記憶のなかで、もっとも穏やかであたたかい両親の姿である。



訪ねるたび
ゆっくりと、しかし、確実に、こころもとなくなってゆく父の姿。

そう遠くない未来に母に圧し掛かってくるであろう父の介護・・
それを思うと、母の身が案じられた

私は、父へのいたわりがかけていた。




4月27日深夜、突然吐血。
6月23日午後3時35分、
病院のベットで、父は、帰らぬ人となった。76歳。
末期の肺癌だった。
家族を煩わせることなく、逝ってしまった。





入院による父の不在。
父の見舞いで、つねに母も家を空けていた。
スヌーピーは、ひとりぼっちになった。

ふたたび、みるみる、おかしくなる。

夜通し啼く。
くるくるくるくる、駆けずりまわる。

母はスヌーピーを強く抱きしめ
毎晩いっしょに丸くなって眠った。


タンゴが死にむかったときのように、
スヌーピーも餌を口にしなくなっていた。
老猫をのこし
鍵をかけ、家を出る、母の切なさを思うとつらい。

そうして、
スヌーピーは姿を消した。



弱った体で家をでたのだ。
たとえ、静養で身を隠したのであっても
おそらく、もう、もどってはこれない。


入浴中、川から聞こえてくる猫の鳴き声に、
あわてて着替え、長靴を履き、夜の川面に入っていった母。
猫が流されていたという。
すぐに、スヌーピーではないと気づいたが、
川に入らずにいはいられなかったのだ。
母は、スヌーピーを なくして、子猫の命をひとつ救った。

父の通夜のあと、午前三時。
猫の鳴き声に飛び起きる。
好物の鰹節を手に
スヌーピー スヌーピー と、母は叫ぶ。
あとにつづく、おっさんと私。
似ても似つかぬ野良猫であった。


母も私も、
その子が、放浪の末に変わり果てたスヌーピーだと思いたいのである。
スヌーピーが父に別れを言いに戻ってきた のだ、と。
そんな安っぽい筋だて・・・
母と私だけじゃない。おっさんまでもが、だ。わらえる。


母は、あの野良猫に、これからも、餌をやるだろうか?
そうして、
名前をつけるだろうか?
やがて、母の猫になる。
それも、いい。

スヌーピーは、
戻らないだろう。




スヌーピーとタンゴが
兄弟仲良く父を待っていてくれたら嬉しい。

棺に特別なものは何もいれてあげられなかった。
ものには執着しなかった父である。
何も必要がないように思えた。

なにも持たずに旅立った。

なにも、もたせず、旅立たせてしまった。



タンゴとスヌーピーが、
方向音痴な父の、旅のお供になってくれたら心強い。



愛しい兄弟猫よ、
きみたちは、その橋でお父さんを待っていてくれるだろうか?

タンゴ、スヌーピー
わたしの大切なお父さんを、よろしく。





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